切り絵作家「辻恵子さん」隠れたカタチを切り取る「切り絵」|vol.29 2016 AUTUMN|TSUNAGU WEB

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vol.29 2016 AUTUMN 隠れたカタチを切り取る辻 恵子さんの「切り絵」

1枚の紙に隠れたカタチを切り取る辻 恵子さんの「切り絵」

新聞紙やチラシ、写真や切手といった、
普段なにげなく目にしている印刷物。
作家・辻 恵子さんは、これらの紙に隠れた人物像を
独自の視点で切り取り、
豊かな表情と
動きのある作品を生み出しています。
NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」の
オープニング映像にも起用されるなど
幅広い層から熱い視線を集める
気鋭の作家・辻恵子さんの
多彩なアートワークの魅力に迫ります。

切り絵作家 辻 恵子(つじ けいこ)さん
作家
辻 恵子(つじ けいこ)さん

1975生まれ、東京都出身。文化学院文学科卒業。印刷物や不要になった紙片を素材に、独自の手法による切り絵や貼り絵作品を制作。日本各地での個展、香港、フランス、スウェーデンでの展示活動にも取り組む。切り絵、貼り絵、水彩画での絵本制作、さらには線画や題字など、ジャンルを超えた幅広いアートワークを手がける。9月10日には、2003年に辻さんが初めて絵(貼り絵)を担当した絵本「かげはどこ」(福音館書店)が単行本化された。
http://www.tsujikeiko.com/

私たちが日々の暮らしで当たりまえのように目にする新聞紙やチラシ、写真や包装紙などの印刷物。辻 恵子さんは、それらの紙にハサミを入れ、予想もしなかった人物像などの作品を生み出す、切り絵作家です。下書きもなくフリーハンドで切り抜かれた作品は、あらかじめ塗り分けられたかのように色や模様をまとい、今にも動き出しそうな動きと物語の一幕のような表情を漂わせます。黒い文字の部分を人物の髪に見立てるなど、平面に隠れたカタチを独自の手法で切り取る辻さんの切り絵作品は、書籍・雑誌の表紙や挿絵、絵本、CDのジャケットなどに数多く採用されています。また、もうひとつの表現手法である貼り絵では、これまでに5冊の絵本(うち3冊は海外でも出版)を手がけ、この10月に最終話を迎えたNHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」のオープニング映像や宇多田ヒカルさんが担当する主題歌のミュージックビデオに起用されたことで、年齢性別を問わず幅広い層にファンを広げています。

切り絵、貼り絵、イラスト制作など、多彩なアートワークを展開する辻さん。彼女の創作活動の原点は、幼少期の環境にあります。「子どもの頃は、大人でもちょっとこわいくらいの尖ったハサミで、広告チラシにある宝石を切り抜くのが好きでした。それに、父がCMやグラフィックデザインなどの広告の仕事をしていたので、家のなかには色見本や紙見本、画集などの紙や本がつねにありました」と辻さん。幼い頃から紙に慣れ親しみ、さまざまなビジュアル表現に触れてきたことが、現在の間口の広さにつながっています。高校卒業後、美術と英米文学を志した辻さんは、その両方の教育に主眼を置く文化学院に進学。「文学科に在籍し、3年間で“言葉”を学んだことは、私にとって意義のあることでした。日本語や外国語などの語学はもちろん、詩人が世界を見るときの視点、それに自分の作品を表現するための言葉を身につけたことは、作家として活動していくうえでムダではなかったと思っています。作品は、つくり終えた時点で“終わり”とするのではなく、もし興味を持ってくれた人がいたら自分の言葉で話しをすることも、作者としての役割だと思っています」と辻さん。ひとりの表現者として、自ら生み出した作品だけでなく、説明の言葉ひとつもないがしろにしない姿勢も、彼女の魅力を伝える大きな力になっています。

文化学院を卒業した辻さんは、幅広いアート分野で活躍するクリエイターを多く輩出する美術学校に入学。デッサンや水彩など、実技を中心とした授業を受けるなかで、独自の制作手法のヒントを見出します。「失敗した水彩画を破いて捨てようとしたとき、破かれた紙片の色の美しさにハッとして。一枚の絵としては駄作だったとしてもそこに美しいピースがあることに気づき、切り抜いて遊んでいるうちにおもしろい作品が生まれたんです」と辻さん。いつもとは違った角度からものを捉え、独自の感性とフィルターを通して見ることで、辻さんならではのアート表現が発見できたのです。

その後、文化学院の画廊において初の個展を開催し、辻さんは作家としての第一歩を踏み出します。年に数回のペースで行ってきた個展は通算41回を数えるなど、精力的な創作活動を続けています。「印象的なのは、フランスでの展覧会ですね。日本・フランス・オランダという3カ国のペーパーアートの作家による合同展だったので、私は日本語の活字や切手を素材とした作品を中心に展示し、たくさんの方が驚きをもって作品を見てくださり、あらためて、“紙”や“ペーパーアート”がユニバーサルなものであることを実感しました」と辻さん。彼女の作品の魅力は国内外の個展を通して、ボーダーレスな広がりを見せています。

私にとって、創ることは学ぶこと。人生のすべてがつながってカタチになるんです。

辻さんがハサミを手に、ひと筆書きのように紙を切り出すと、ものの数十秒で思いもよらない人や動物のカタチが浮かび上がります。その過程は、頭のなかでビジュアルが見えているのではなく、自然に身体が反応する反射神経に近い感覚なのだそうです。「運慶やミケランジェロも、同様の言葉を遺していて大いに共感するのですが、この紙がどうなりたいかを感じ取って、なりたい形になるための手伝いをしているような感覚なんです」とのこと。辻さんの作品は、紙とシンクロする豊かで研ぎ澄まされた感覚から生まれるのです。

そんな辻さんに大きな転機が訪れたのは、今年はじめのこと。NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』のオープニング映像に作品が起用されたのです。「映像ディレクターの小川純子さんが、“貼り絵”でお願いしたいと言ってくれて。貼り絵は、質感の選定や色の濃淡を含めた紙の染色も重要ですし、腕や脚、頭など、人物のパーツごとに切り出さなければならないので時間がかかるんです。
また、たくさんのモチーフを具現化していく作業は、時間との戦いでした。制作段階では台本を読んでいなかったので、あとになって『この絵は○○さんだったんだ』と気づくこともありました」と辻さんは当時を振り返ります。オープニングの短い時間のなかで、主人公・小橋常子の懸命に生き抜く前向きな姿と、彼女を取り巻く温かい人々の世界観を表現した辻さんの貼り絵は、宇多田ヒカルさんの主題歌と見事に融合。視聴者のこれから始まる1日を後押しする爽やかな映像として、多くの人の心に届いたはずです。

私にとって、創ることは学ぶこと。人生のすべてがつながってカタチになるんです。

辻さんの創作活動には、いつも“紙”が中心にあります。「今でも覚えているのが、幼い頃に読んだ、手塚治虫さんのエピソード。戦後、まだ紙が貴重だった時代にタバコの包み紙をもらい、そこにマンガを描いていたそうです。私も作家としての活動をはじめた頃、一度使った紙の切れ端を糊づけして大きな紙をつくり、そこに大きな絵を描いたりしていました。今でもその感覚は残っていて、絵を描くために真新しい紙を買ってくるなんて贅沢な感じがしますし、緊張してしまうんですよね」という辻さん。新聞紙やチラシなど、一度役目を終えた紙を多く使う背景には、紙を大切にする気持ちが込められているのです。「それに、私の作品は、キャンバスや絵具など、特別な画材をそろえなくても身近にあるものでできるんです。料理にたとえれば、フォアグラやキャビアではなく、冷蔵庫にある残りもので十分美味しい料理がつくれるという感じ。そっちの方がうれしくないですか?」と辻さんは目を輝かせます。私たちが、普段気にも止めていないさまざまな種類の印刷物。いつもとは違う角度から見つめてみれば、そこに隠れた面白い何かが見つかるかもしれません。