ペーパーアーティスト「伊藤 航さん」陰影が織りなす美しいアート|vol.26 2016 WINTER|TSUNAGU WEB

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Vol.26 2016 WINTER 純白に宿る光と影の美「White Model」

数えきれないほどの精巧なパーツで組み上げられた、
純白の造形。
作品の材料として使用されているのは、
白い「ケント紙」のみ。
加工性に優れた紙の特性を生かし、
緻密な作業の積み重ねによって生み出される
潔いほどシンプルな美しさが、
いま世界のアートシーンの話題をさらっています。
ペーパーアーティスト・伊藤航さんが創り出す、
陰影の世界。
ディテールにこだわり抜いた、
その作品の美しさに迫ります。

ペーパーアーティスト 伊藤 航さん
ペーパーアーティスト
伊藤 航(いとう わたる)さん

1983年生まれ、埼玉県出身。
2011年、東京藝術大学美術学部工芸科漆芸専攻卒業。在学中、4年の歳月をかけた処女作となる「海の上のお城」は「世界の最も美しいペーパークラフトの一つ」として、国内外から高い評価を受ける。以後、身近な日用品や建造物、工業製品をモチーフに、緻密で精巧な立体作品を発表し続ける。
2009年に「平山郁夫賞」、2011年に「三菱地所賞」「日本ペイント賞」を受賞。
今年はニューヨークで開催されるアートフェア「ArtonPaper」にも出展予定(2016/3.3〜3.6 @Pier36)
http://paper-project.jimdo.com/

シンプルな白い紙だからこそ際立つ、形状の美しさ。

 折る、曲げる、切る、貼る、組む、編む……。いくつもの加工法を駆使し、紙からいくつものパーツを切り出し、貼り合わせることでつくり上げられるペーパーアート(ペーパークラフト)。特別な道具を必要としないこと、材料となる紙が比較的安価なこともあって、子どもや主婦など一般の方からプロの造形作家まで、世界中の多くの人々に親しまれています。
 そうしたペーパーアートのなかでも、とくに注目を集めているのが、ペーパーアーティスト、伊藤航さんの作品。
工場の複雑に入り組んだ配管から大きな橋梁、飛行機の滑走路、さらには東京タワーまで、精密機械を思わせる立体作品の数々。純白のケント紙のみを使って創り出される精緻な造形世界は、展示する場所を問わず、観る人すべての目を釘づけにします。彼の作品に秘められた創作哲学と作品の魅力を探るため、アトリエを訪ねました。

「paradox」(2015)

「paradox」(2015)

 「この作品は、制作をはじめてから5カ月目ですね」。一軒家を改築したアトリエに、数種類のカッターやハサミ、定規、ピンセット、木工用ボンドが整然と置かれた作業机と、その隣に据えられた約90cm四方の作品。目前に迫った展覧会に向けて制作しているという作品は、1日平均6時間の作業を約半年間続けることで、ようやく完成を迎える予定なのだとか。真っ直ぐに整列された無数の配管や各種バルブ、通気設備など、大規模な工場の生産設備を思わせる新作は、まさに圧巻のリアリティです。「切り取った紙に定規を使って紙に丸みをつけたら、必要な配管の直径に合わせて筒状に。各パーツ同士がどのようにくっつくかをイメージしながら作業を進めます」と伊藤さん。細部まで緻密に作り込まれた作品は、見れば見るほど新しい発見があります。

 伊藤さんは東京藝術大学在学中、工芸科で漆芸を学びつつ、紙を素材とした表現方法を追求してきました。「紙と漆器、一見共通点がないように思われるかもしれませんが、完成度を極限まで突き詰めていく点では同じだと思っています。漆器制作で学んだ、髪の毛1本以下の精度にこだわるものづくりを経験したことが、現在の作品づくりにも影響を与えていると思います」と伊藤さん。小さなころから慣れ親しんできた折り紙や工作の知識をベースに、日本を代表する芸術のひとつである漆芸の精微な技術と哲学を学んだことが、細部の形状にこだわる作品につながっていったのです。

「海の上のお城」(2007)

「海の上のお城」(2007)

「Electric WaveⅡ」(2013)

「Electric WaveⅡ」(2013)

そんな伊藤さんが脚光を浴びるのは、大学在学中のこと。4年間の月日をかけて自宅の六畳間で制作したという処女作「海の上のお城」は、幅2.4m、高さ1mという壮大なスケール。洋城だけでなく、教会や学校、観覧車や電車など、ひとつの街全体を紙だけでつくり上げた純白の作品として、海外からも高い評価を受けることとなります。「つくっていくうちに、あれがあったら楽しそうだな、と次第に拡張していった」という純白の大作は、東京アクアライン海ほたるパーキングエリアでの公共展示を終えたのち、現在はふなばしアンデルセン公園(千葉県)内にある子ども美術館にて常設展示されています。大学卒業後は、本格的に展覧会への出展を開始。東京タワーを連ねたアート作品が大きくメディアで取り上げられたことで、精巧な技術を持つペーパーアーティストとして、世界のアートシーンにその名が知れわたることとなりました。

「Electric Wave Ⅰ」(2013)

「Electric Wave Ⅰ」(2013)

「Airport of the imagination」(2011)

「Airport of the imagination」(2011)

「のぞくと」(2010)、「衣替え」(2010)

「のぞくと」(2010)「衣替え」(2010)

 伊藤さんの作品の代名詞ともいえる“白”。「たしかにカラフルで、いろんな表情を持った紙がありますが、それだと紙そのものの領域を超えているような気がするんです。誰もが見慣れた白い紙を使うことで、『紙でこんなものができるんだ』という表現の可能性を伝えたい」と伊藤さんは話します。また、「白い紙だからこそ、明暗の美しさを際立たせることができる。色をなくすことで、形状の美しさや面白さを引き出せるのかなと思っています」とのこと。美しい陰影を表わすのに、もっともスタンダードでストイックな“ホワイト”を用いることで、造形の魅力がより一層強調される。それこそが伊藤さんの作品に込められたフィロソフィーなのかもしれません。

万国共通で美しいと感じてもらえる作品を追究していきたい。

 圧巻のリアリティを生み出す精巧な作風であるにもかかわらず、伊藤さんの作品には図面がありません。製図ソフトを使わないのはもちろん、エスキース(下絵)すら描かず、頭の中のイメージをもとに作品をつくり上げていくそうです。「私の場合は、日常生活の中で面白そうなモチーフを見つけたら少しずつつくり始めて、手を動かしながらイメージを固めていきます。自分のイメージをカタチにするまでの時間をなるべく早くしたいので、エスキースを描いて考える時間を省略できますし、図面を引いて道筋をつくってしまうと、逆にイメージが限定されてしまう部分もあるんです。つくっていく中でどんどんイメージが膨らんでいくので、それを大切にしたいと思っています」と伊藤さん。ひとつのパーツをつくり上げると、新たなイメージが広がる。その「手で考える」と言ってもいいスタイルのなかに、伊藤さんの真の凄さがあります。「だからこそ、自分で決めないと終わりがないんです(笑)。それこそ展覧会の搬入の直前まで、手を加えていることが多いですね」と話します。

「連鎖」(2012)

「連鎖」(2012)

万華鏡シリーズ「Circle」(2015)

万華鏡シリーズ「Circle」(2015)

 洋城やタワー、橋梁やコンビニといった大規模な建造物から、電話機や掃除機など身近なものまで、伊藤さんの作品のモチーフは多岐に渡ります。近年では配管をつなぎ合わせた作品シリーズと同時に、幾何学模様をベースにした抽象的な作品にもチャレンジしているそうです。「海外からのオファーが増えていることもあって、日本の文化に対する知識がない方にも楽しんでもらえる作品をつくろうと思っています」とのこと。モノの造形を的確に捉える描写力、そして日本人特有の細やかさと器用さに裏づけられた精緻な技術が創り上げる光と影の美しい世界観は、これからも多くの人々を驚嘆させるに違いありません。

「loop」(2013)

「loop」(2013)

「Facsimile」(2010)

「Facsimile」(2010)

時計メーカーとのコラボレーション作品

雑誌の特集企画として制作した、時計メーカーとのコラボレーション作品。
壁掛け時計の内部構造まで紙パーツで再現した。