造形作家「一ツ山チエさん」生命の息吹を表現する「紙ひも」アート|vol.28 2016 SUMMER|TSUNAGU WEB

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Vol.28 2016 SUMMER 生命の息吹を表現する「紙ひも」アート

捨てられる新聞紙を用いて、
エネルギッシュな生命の息吹を
表現する。

彼女の作品には、
つねに「命」というテーマが存在しています。
それぞれの「生」を当たり前のように過ごす、
多種多様な動物たち。
その自然への尊敬と尊厳を表現した彼女の作品には、
「生」をまっとうしようとする動物たちの、
力強さと輝きがあふれています。

造形作家 一ツ山 チエ (ひとつやま ちえ) さん
造形作家
一ツ山 チエ(ひとつやま ちえ)さん

1982年、静岡県生まれ。2004年東京工芸大学芸術学部デザイン学科卒業。大学卒業後にイラストレーターとして活動しながら、立体作品の制作を開始。
現在の、こよりにした新聞紙を貼り合わせる表現技法を確立したのを機に「hitotsuyama.studio」 を設立。2011年、静岡県富士市に拠点を移す。銀座三越ギャラリー(2013年)、アンデルセン子供美術館(2014年・千葉県船橋市)をはじめ、全国各地での作品展を多数開催。
現代アートの開拓者として脚光を浴び、国内外からの制作・出展依頼が後を絶たない。

一ツ山スタジオ
一ツ山スタジオ

作家・一ツ山チエさんと、クリエイティブディレクター・玉井富士(たまいとみじ)さんによる創作ユニット。一ツ山さんが創作活動を、作品の方向付けや展示の構想・企画・発信方法など、コンセプトワークの部分を玉井さんが担当する。アトリエがあるのは、静岡県富士市。実家の家業である製紐(紙ひも)工場の倉庫を改装した大きな空間に、約30体の作品が並ぶ。
http://hitotsuyamastudio.com/

古新聞に命を吹き込む
緻密で丹念な手作業

遠く海の向こうを憂うように見つめるセイウチや、大海原を悠然と泳ぐジュゴン、我が子を愛しむように抱きかかえるゴリラなど、その息づかいが今にも聞こえてきそうなほどリアルで写実的な立体作品の数々。厳しい自然を生き抜く動物たちの、ありきたりの日常をビジュアル化した作品には、過酷な「生」の営みを続ける逞しさだけでなく、どこか人間に共通するユーモラスな個性にあふれています。
私がこだわるのは、何よりも動物のリアルさなんです」。そう話すのは、新聞紙を材料に動物の立体作品を制作する一ツ山チエさん。新聞紙でつくった紙ひもを材料に造形する独特の手法で、1分の1スケールの迫力ある立体作品を生み出し続けています。

  • 「セイウチの涙」(2014)

    「セイウチの涙」(2014)

  • 「ジュゴンの親子」(2014)

    「ジュゴンの親子」(2014)

「GORILA'S MOM」(2012)

「GORILA'S MOM」(2012)

その材料となるのは、新聞紙と紙ひものみ。「2メートルを超えるような大きな動物であれば、躯体の幹となる部分に木材を使用したりもしますが、小さな動物であれば新聞紙のみでつくり上げます」と一ツ山さん。ねじった新聞紙を何層にも重ね固めるように貼り付けることで、動物の躯体部分にあたるアウトラインを造形。その上から新聞紙を撚った小さなパーツを差し込むように貼り込むことで、動物の体毛や皮膚のシワを表現していくそうです。「短冊状に切った新聞紙を水で湿らせ、手でねじるように小さな"こより"を大量につくっていきます。身体の部位に合わせて太さを変えるのですが、その色味も重要な要素です。猿の赤い顔をつくるのであれば、大量の新聞紙から赤い印刷面を探すことからはじまるんです。赤といってもその濃度はさまざまですし、そのうえに黒やグレーの文字が印刷されているものがほとんど。それを撚ることで生まれるグラデーション効果も含めて表現するように心がけています」とのこと。各部位の正確な形状、毛並みやその密度など、細部にいたるまでの鋭い観察眼と、細かく繊細なパーツの一つひとつを丹念につくりあげるこだわりが、読み古された新聞紙に生命の息吹を吹き込むのです。

「ウミガメ」(2014)

「ウミガメ」(2014)

ルーツを遡ることで見いだした
自分なりの表現方法

富士川や富士山の伏流水などの豊富な水資源と、和紙の原料となる楮や三椏に恵まれた静岡県富士市。製紙業をもとに発展を遂げてきたこの街には、いまもなお数多くの製紙工場が軒を連ね、家庭紙、板紙、特殊紙などの生産量は、国内トップクラスの品質とシェアを誇っています。この地で生まれ育った一ツ山さんが、作品の材料に"紙"を選んだのは、必然だったと言えるかもしれません。「祖父の代から紙ひも工場を営む家庭に生まれたこともあって、物心がつく前からとてつもない量の紙に囲まれて育ったんです。もちろん遊び道具は"紙"。大きな機械を前に一生懸命働いているおばちゃんたちの隣で、邪魔ばかりしていましたね」と当時を振り返ります。

  • 「I am god!!」(2013)

    「I am god!!」(2013)

  • 「大地に生きる」(2012)

    「大地に生きる」(2012)

  • 「イワイグアナ」(2015)

    「イワイグアナ」(2015)

幼少の頃から、ものづくりによる表現者を志していたという一ツ山さん。高校卒業後、都内の芸術大学に進学し、イラストレーションやグラフィックデザインを学んでいたものの、つねに歯車がかみあわないジレンマを感じていたそうです。「もともと絵が特別上手だったわけではなく、何かの賞をもらったこともありませんでした。大学の授業を受けていても、教わったことに納得しきれず、いつもどこか違和感を抱いていました。それほど優秀な学生ではなかったと思います」と語ります。そんな歯痒さと不安を抱きながらも大学を卒業し、イラストレーターとして活動をはじめた一ツ山さん。仕事と並行して自分にしかできない表現を模索するなか、さまざまな人々との出会いを機に自分を見つめ直すことで、徐々にその視界が開けていったそうです。「卒業後にギャラリーでアルバイトをしていて、そこでさまざまなアートや作家さんに出会えたことが大きかったんです。今、チームとしてともに活動している玉井さんとも、そこで出会いました。表現の技術も知識もなく、本当にゼロベースから人とのご縁を大切にすることで、少しずつ道が開けていった感じです」。そんな彼女が辿りついた先にあったのが、幼い頃からの記憶に刷り込まれた"紙ひも"。「それまでイラストを描いていても、また別の何をつくっても、誰かの"物まね"のような気がして腑に落ちない感覚がありました。そんなとき、"自分にしかないものは何か"と自問自答を繰り返すなかで、自分のバックグラウンドの大きな部分を占めているもの="紙ひも"に辿り着いたんです」。"紙"の街に生まれ、"紙"が身近にある環境で育った彼女にとって、自らの表現者としてのアイデンティティは"紙"なのだと気づいたのです。

私にとって、創ることは学ぶこと。人生のすべてがつながってカタチになるんです。

  • 制作するパーツの大きさに合わせて新聞紙をカットする

  • 刷毛を使って新聞紙を水で濡らす

  • クルクルとこより状に丸める

  • 紙ひもに木工用ボンドを付け、1本ずつ差し込む

材料となる新聞紙は回収業者の方から譲り受けたもの。
近所の方からの持ち込みによって提供されることも多い

現在制作中の猿のオブジェ(無題)。お寺の寺子屋スペースに置き、子どもたちに楽しんでもらう目的で依頼された作品

自然に生きる動物たちの
ありのままの"命"を描く

紙をこより状にねじることで1本の"紙ひも"にし、それを重ね合わせることで美しい曲線と深い色彩を表現する一ツ山さんの作品。そのモチーフに動物を選んだ理由には、彼女の心を揺さぶる、ある鮮烈な体験があったそうです。「イラストレーターとして活動していた2007年、あるNGO団体からの依頼で訪れたアフリカ・ザンビアの国立公園で人間のエゴによって傷ついた野生のサイと遭遇したんです。案内してくれたレンジャーの方から、角を狙った密猟者によって残酷な殺され方をしていることを聞いて、この現状を多くの人に知ってほしいという思いも込めて、最初の作品であるサイ(作品名:君が心の叫び 歌はいまもきこえつづける 2011年)をつくりました」と一ツ山さん。大自然と動物という未知の世界に直接触れたことで、彼女のインスピレーションが大いに刺激を受けるとともに、作品を通してメッセージを発信する使命を感じたそうです。「それ以降、"命"とは、"生きる"とはどういうことなのかを、強く意識するようになりました。自然に生きる動物も、同じ地球でともに生きる生命として対等な存在であり、ときには寝たり、ときには食べたりして、ありきたりな日常を送っている。彼らの"命"そのものを伝える意味でも、可能な限り等身大の大きさで、リアリティにこだわって創作していきたいと思っています」。

一ツ山チエさん(左)と、
クリエイティブディレクター・玉井富士さん(右)

過酷な自然を懸命に生きる動物たちのたくましさや"命"をまっとうしようとする生の輝き、日々の営みそのものを描く一ツ山さんの作品には、私たち人間が忘れかけている何かを思い起こさせる力があるのかもしれません。
「まだまだ試行錯誤の繰り返しです」という一ツ山さん。「私の今の作品は、これまでに感じたことがつながってカタチになっているんだと感じています。創ることは、学ぶこと。これからの人生で見たり聞いたりすること、たくさんのアートや人々との出会いを通して、自分自身が成長していけたらいいなと思っています」。自分のなかで凝縮したものを生かして、新たなチャレンジへと進み続ける一ツ山さん。そのニュートラルでクリアな感性は、さらに研ぎ澄まされていくはずです。