願いと真心を結ぶ飾りひも「水引」|vol.34 2018 WINTER|TSUNAGU WEB

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vol.34 2018 WINTER 願いと真心を結ぶ飾りひも「水引」

願いと真心を結ぶ
内野敏子さんの飾りひも「水引」

祝儀袋や贈りものの包み紙などにかける飾りひも。
「水引」は、相手を敬い幸せを願う気持ちと、日本独自の礼儀作法から生まれた伝統工芸であり、
結納の品や、新年を迎える飾りなど、私たち日本人の暮らしのなかに深く根づいています。
内野敏子さんは伝統的な“結び”の技法を守りながら
新しい表現の可能性を探求し続ける水引工芸家。
そのきりりと美しい結びには、
人との縁を大切にしたいと願う、内野さんの思いがありました。


水引工芸家 内野 敏子(なかの としこ)さん
水引工芸家
内野 敏子さん
1963年、熊本生まれ。武蔵野美術短期大学卒業。広告デザイン、建築設計の仕事を経たのち、1995年より水引工芸、2000年よりバスケタリーをはじめる。「普段の暮らしに水引を」をテーマにオリジナル作品の制作・販売、個展開催、水引教室主宰(熊本県熊本市)、全国各地でのワークショップ開催と精力的な活動を続ける。2005年、ご主人とともに熊本に戻り、生活道具の店『しろつめ』をオープン。2016年には『神の手・ニッポン展2』のメンバーに選ばれ、東京・目黒雅叙園、名古屋・テレピアホールにて作品を展示し好評を博す。写真は、愛犬のポロンちゃんとともに。
HP:uchinotoshiko.web.fc2.com

「水引」とは、冠婚葬祭時など儀礼的な場で渡す、紙に包んだ贈りものに掛ける飾りひものこと。祝儀袋や不祝儀袋はもちろん、単体でもお正月飾りや結納品、結婚式の会場インテリアなどに用いられています。その歴史は古く、飛鳥時代に中国からの返礼品の箱が紅白の麻糸でくくられていたのが変化したものと言われ、室町時代には素材が麻から紙へ、江戸時代には文化の発展と礼儀作法の確立に合わせて、広く一般に広まったとされています。また「水引」は、色や本数、結び方やかたちなど各々に意味があり、時と場合によって使い分けます。地域によって違いはありますが、結納や結婚の慶事には赤白や金銀の水引を五行陰陽説で陽数とされる5本に束ね、「一度だけで繰り返さない」という意味を込めてしっかりと固く結ぶ“結び切り”という結び方にするのが一般的です。

「水引には、編むほどに表情を変えていく楽しさと美しさがあるんです」。そう話すのは、水引の伝統的な手法を用いた幅広い表現活動を続ける水引工芸家・内野敏子さん。箸置きなどのテーブルウェア、季節のオーナメントといった暮らしの雑貨から、高さ1メートルにもおよぶ立体作品に至るまで、内野さんの作品の持つ凛とした造形美と、日本人の美意識に響く洗練性は、多くの人々を魅了し続けています。「私の水引作品は、日本古来のしきたりや礼法に基づいて作っています。“結び”にはそれぞれに意味があるので、私の作品を観た方がお一人でも嫌な気持ちになるのは不本意。だからこそ今でも正しい知識を得るために、古い文献などで勉強を続けています。十分に知識を持ったうえで型を破るのは説明ができますが、歴史を知らず、思うがままに勢いで作品を作るのは何か違うと思うんです」と内野さん。水引は、先人が築き上げた伝統工芸であり、相手を敬う気持ちを贈りものに添えるために生まれたもの。内野さんの作品は、日本人の美徳をも表現しているのです。

水引立体作品「鳳凰」(2016年)

©kaminote

独自の感性と匠の技を持つ日本人作家の作品を集めた人気の展覧会『神の手・ニッポン展2』に出展した水引立体作品「鳳凰」(2016年)。高さ約1メートルの作品に約1,000本の水引を使用した。東京都指定有形文化財「百段階段」十畝の間にて展示

「子どもの頃から祝儀袋や料理にあしらわれた水引が気になり、外して遊んでいた」という内野さん。大学で美術を学び、広告デザイン、建築設計の仕事を経たのち、ひょんなことから水引工芸教室に参加したことをきっかけに、水引工芸家としての道を歩むことになったそうです。
「教室に通いはじめたのは軽い気持ちだったんですけど、水引の美しさに惹かれる潜在意識はあったのかもしれませんね。途中でくじけそうにもなりましたが、尊敬する知人に“続けていたらいいことあるわよ”と言っていただいて」と当時を振り返ります。その後、教室で2年間基礎を習得したのち独学で水引を学び、98年には地元熊本で初めての個展を開催。そこのギャラリーのオーナーとの出会いもまた、内野さんの作品づくりに大きな影響を与えたそうです。「そのオーナーは素晴らしい審美眼を持った方で、作品を観ただけで心の迷い見透かされてしまうんです。だからいつも“その方はどう思うかな”という思いがあります。私の作品は単色や2色など色を絞ったものが多いのですが、色の華やかさに頼らず造形の美しさを追求することの大切さも、その方から教えていただきました。これからもそのオーナーや私の作品を買っていただくお客さまに対して、恥ずかしくない作品を作り続けていきたいですね」。内野さんはたくさんの人とのつながりを大切に思い、縁を結ぶことで、水引工芸家としての土台を築くことになったのです。

内野さんの作品

©Masaki Yamamoto(③のみ)

①正月や初春のテーブルウェアにぴったりの「かさねの色目の花箸置き」(全120色)。②手漉きの雁皮紙を使った格調高い祝儀袋(札挟み、内封筒つき)。③カゴなど、編み込みの技法を生かした「バスケタリー」の表現作品。④水引の“結び”の技法を用いて植物を表現した作品「植物採集」。色を省くことで造形の美しさを追求した。⑤手のひらサイズの器に粘土と乾燥した苔を入れた「豆盆栽」。植物はすべて、水引の技法によるもの。
※①②はオンラインショップ『しろつめ』で購入できます。 ONLINESHOP : shirotsume.com/shirotsume-Direct

水引は、細長く切った紙を縒った紙縒りに水糊を引いて乾かし固めたもの。紙の代わりに人工の絹糸を巻いたものや、色つきの紙縒りにラメ糸の入ったフィルムが巻かれたものなど、色や材質、硬さや光沢などたくさんの種類があります。「水引は紙を縒っているからこそ適度なコシがある。宙に持ち上げた状態で編んでいくものなので、他の素材ではできませんね」と内野さん。また祝儀袋を商品化する際には、水引を掛ける包み紙にこだわったそうです。「祝儀袋には普通、檀紙を使いますが、どうしても別の紙で作りたいと思い、いろいろな和紙屋さんをまわって紙を探しました。最終的に小津和紙(和紙専門店・東京日本橋)さんで、光沢のある生成り色で、薄いけど強度がある良い和紙屋さんと出合い、今でもこの和紙を使って祝儀袋を作っています」。妥協することなく選び抜いた包みと、それをきりりと結んだ水引。内野さんの祝儀袋は相手の幸せを願う気持ちに美しい付加価値をプラスするのです。

水引作品の制作に使用する道具
水引作品の制作に使用する道具。クラフト用の「ハサミ」や「ペンチ」、水引をくるくると巻くための「チリ棒」、穴あけに使用する「目打ち」など。
ストックされている水引
内野さんのアトリエにストックされている水引は、約200種類。光沢や強度、素材の特性を理解したうえで、作品に最適なものを選定する。

■「祝い箸置き」ができるまで

5本の水引を1組として、すべての結びの基本となる「あわじ結び」に。地巻ワイヤーを添えフローラルテープを巻いたのち、テープが見えなくなるところまで巻き上げます。さらに首に当たる部分を曲げ、くちばし部分を斜めにカットしたら、鶴の祝い箸置きが完成!

「祝い箸置き」ができるまで

2005年、ご主人とともに故郷である熊本に移り住んだ内野さん。個展に出品する作品制作のほか、水引をはじめとする生活道具を扱う実店舗の経営、メディアの取材対応など当時の生活は多忙を極め、水引の仕事を続けるか悩んでいた2011年、未曾有の大震災が発生します。「直後から水や食料、キャリーケースなどの物資を送っていましたが、手持ち無沙汰だとおっしゃる方が増えたこともあって、1年後の3月、宮城県山元町の仮設住宅で水引のワークショップをやらせてもらったんです。そのとき受講した方のなかには、“死んだ方がよかった”とおっしゃっていた方がいたんですけど、水引の楽しさに触れ、その日をきっかけに独学で勉強されて、水引作品を作るようになった。私が学んできた水引で一人でも笑顔になってくださる方がいるのであればがんばろうと心から思えた経験でした」。

仮設住宅で暮らす被災者の方へ贈った小さな七夕飾り
2012年の夏、仮設住宅で暮らす被災者の方へ贈った小さな七夕飾り
ワークショップの模様
2012年春に開催したワークショップの模様。

撮影:遊牧カフェ

その後も東北の人々との交流が続くなか、2016年4月に発生した熊本地震によって、今度は内野さんご自身が被災することとなります。「まさかという思いでしたが、今度は東北の方たちをはじめ、たくさんの方から支援していただきました。自分自身が被災し、支援していただいたことで初めて、被災者の方が“申し訳ない”と気を遣われていることがよくわかりましたね。ご支援してくださったみなさんには、素直に感謝するしかありません」。内野さんが水引で結んだ“縁”は、決して解けることはありません。

内野さんの活動のテーマは、「普段の暮らしに水引を取り入れてもらう」こと。水引の裾野を広げその魅力を広めるために、展示会出展やワークショップ開催など、精力的な活動を続けています。「私が持っているものはすべて、いろんな方から学んできたこと。だからこそ出し惜しみすることなくすべてをシェアするようにしています。一人でも多くの人が実際に水引に触れる機会をつくりたいですね」。伝統に敬意を払い、水引の奥深い魅力を伝える内野さん。その力強い思いと活動は、これからもたくさんの人の心を結び続けていきます。


INFORMATION

内野敏子さん

INFORMATION

内野敏子さんの著書3冊が発売中!

  • 「水引 基本の結びと暮しの雑貨」(文化出版局)
  • 「しあわせを結ぶ 贈る、飾る、水引こもの」(PHP研究所)
  • 「折形 基本の包みと暮しの贈りもの」(文化出版局)

「水引」の技法を自宅で学べる通信講座が開講中!